coco

心をちょっとずつほぐしましょ

今日も、とても寒かった

指先が出る手袋をつけていると、

今日みたいに寒い日は指先の感覚が明らかに

おかしい。

 

そこまでの冷えでなければ、バスを待っている

時にスマホをさわるけど、それもしたくない

ほど。

 

バスに乗り込み、ほっとする。

 

職場も暖房が入っていて、足下は寒いけど

ひざ掛けをかけたらそこまで寒くない。

 

帰宅時、バスを降りてから家までの道のりは、

数分なのにかなりつらい。

あまりに寒いと、気もちが塞ぎ気味になる。

 

「寒」と「塞」、似てるな。

 

そしてついに家のドアを開け、ほっとする。

 

私には、家がある。

数十分後には、こたつに座って、おでんを

食べている。

 

だから、私は言える。

「今日も、とても寒かった。」

 

それは、寒い日に、当たり前のように

寒くない場所に戻ってきた者のことば。

ずっと寒い場所にいたら、寒かった、には

ならない。

1-3. 30年後は?

いきなり、話が飛びますが

 

私が役所で最初に配属されたのが、

高齢者福祉の課でした。

当時、市の高齢化率は20%〜21%だったと

記憶していますが、10年後にはなんと、

約27%になっていました。

 

考えてみると、自分自身が10年分、高齢者に

近づいたということであり、30年後には

65歳以上という定義であれば、高齢者に

なっているのです。

 

30年後、どんな社会になっているんでしょう。

 

30年前と今を比べて、インターネット環境の

進化、ポケベルからPHS、携帯電話、

スマートフォンへの変化の速さ、人口減少、

大きく変わったことを思い浮かべれば、

30年後も、想像しえないものがいろいろ

あるんだろうと思います。

でも日本経済は、この間、成長してないそう

ですね。

 

役所の話に戻すと、今のように事務員に

基本1人1台、パソコンがあるわけではなく

書類は手書き、土曜まで仕事があり、

職場の机に灰皿が置かれ、女性職員がお茶を

入れ…と、全部聞いた話ですが、すっかり

様変わりしています。

 

ただ、この10年間では、職場環境も事業も、

大きく変わってはいないように思います。

たとえば、長寿の方への祝金や敬老関連の

事業など、予算カットの必要性から廃止や

縮小されたものも一部ありますが、多くは

今も実施されています。

 

定年は60歳から65歳に延長、今後はさらに

70歳になるか定年制の廃止を選択するか、

雇用はそうなってきている、少なくとも

65歳までは働くことが期待されているけれども

あくまで高齢者が65歳以上という定義は

変わりません。

 

現役に近い状態で働きつつも、

高齢者福祉の対象者でもある。

その多くは、数十年前の高齢者を想定して

つくられたものなんですよね。

なんか、ち・ぐ・は・ぐ、だなぁ…という

気がします。

 

ザ・縦割り、というか。

そうして一人の人も、割られていくというか。

行政は、人を分けるものでもあると思います。

 

そして、縦に割られた枠を超えることが、

ほとんど困難ということも、感じるのです。

 

1-2. 橋渡し

「財務規則でこれが必要と決まってるから…」

「文書規程でこうなっているから…」

こういうことに引っかかって、やたらと

時間を取られる日というのが、時にある。

「それは〇〇課に確認してみてください」

「△△課がどう判断するかなんで…」

間に立って振り回されているように感じる

ことがある。

 

これが、「お役所仕事」そして「縦割り」。

 

中の人も、困ったりイライラしたりしてます。

 

だけど…

じゃあもうそんなやり方やめちゃえ!!

には、ならない。

 

だいたいの業務は、法律、条例、規則、要綱、

など、決まりに則って行われるのが、行政の

仕事。

決まりをなくすことはできないし、決まりに

反することもできない。

なぜなら、決まりには、それぞれ意味があり、

決まりを守ることで秩序が保たれているから

……

 

まぁ、こんなことを説明されても、余計

イライラするものです。

 

そりゃそうなんだけど、何かできることは

ないだろうか。

 

必要なのは、その視点だと思う。

 

何が壁になっているんだろう、と考えると、

 

ひとつは、決まりや行政用語が当たり前に

なっていて、それをわかりにくいと考えず、

そのまま住民への説明や書類に使っている

こと。

 

もうひとつは、わかりにくさは認識してる

けど、様式が定まっている、法律で決まって

いるなどでそのままにせざるをえないこと。

 

ひとつめについては、わかりにくさに

気づくことができれば、易しい言葉を使った

ものに変えられる可能性がある。

やさしい日本語を使うのは、こういうこと。

 

ふたつめについては、変えることができない

なら、翻訳とか通訳のようなものが、

必要なんだと思う。

つまり、橋渡しをすること。

 

 

1-1. やさしい日本語

やさしい日本語は、災害時に外国人が

必要な情報を受けとれるように作られたのが

始まりで、今では外国人のためだけでなく

さまざまな分野で、より分かりやすい

コミュニケーションのために、使われている

そうです。

 

私は、1年くらい前から、外国から来た人に

日本語を教えるボランティアに参加している

のですが、始めて間もないころ、思ったことが

あります。

 

「私は、日本語をどんなふうに習得してきたん

だろう…?」

 

教えようとすると、ひとつひとつ、なんで

こうなんだっけ?と分からなくなり、日本語の

難しさを知り、2時間が終わると、どっと

疲れを感じる。

 

初級の日本語ですら難しいのに、いつの間に

難しい熟語やら、言い回しやら、覚えて使う

ようになったんだっけか。

と思うと、気が遠くなり、いつしか、

日本語を通り越して、生活全体にその感覚が

広がっていく。

 

こんな難しい世界で、どうやって、

生きてこれたの???

 

それは、私がこの世界(言い換えると、

日本社会。イコールではないけど、ひとまず)

で生きていけるようにお世話をし、教育をし、

また、直接関わらなくても、私が食べるもの、

使うものを作り…などなど、それはそれは

膨大な人が関わってきたからで。

私も、そのように、誰かの生活に関わっている

わけで。

 

あぁ、そうなんだ。

遠くなっていた気が、少し近くに戻ってきた。

 

ところで、いつの間に、世界は私にとって

難しくなったんだろう?

 

いろんなことを学び、出来ること、考えられる

こと、書けることなどが増えてきたことは、

とても良いことだと思う。

でも、一方で、わかっているのが当たり前、

出来ないのは恥ずかしいこと、といったものと

セットになっていて、追われてきたんだな、

とも思う。誰かから面と向かってそう言われた

わけではないけれど。

わからなくて当たり前なのに。

 

難しくなればなるほど、共有できる人は

少なくなる。

 

 

役所で働くこと、というテーマに話を移すと…

 

行政の手続きは、だいたい複雑・面倒で、

文書は小難しい。ほとんどの人は、そう

思っていると思います。

 

そりゃそうだわ。

中で働いてる人も、そう思ってるもん。

国から来る文書、何言ってるかさっぱり

分かんないし。

法律、条例、規則…誰が作ったんだよ〜

こんな難しいもの〜あ〜も〜

こんなの作れないよ〜おぉぉ…って、

なってますよ。

 

ちょっと、次回に続きますね。

はじめに

はじめに

文筆家 松浦弥太郎さんが、

「働くってどういうことですか?」と問われ

答えたのが、「働くとは、困っている人を

助けること」。

BRUTUS 945号 特別付録 2021年8月より)

 

 

この言葉を読んだとき、私の脳がピピッと

反応して出てきたのは、

「公務員ってまさにそういうことじゃない?」

だった。

 

え、それって、どういうこと?

 

松浦さんが言ってるのは、「仕事があるところ

必ずその先に、間接的であれ、生身の困って

いる人がいるということ」だ。

 

だから、もちろん、あらゆる仕事について、

そういうことなのかな、と考えてみることは

できる。

 

私は公務員として働いてきて、そのなかで

考えたことがあり、そしてまた、

ひとりの人間として社会で生きているなかで

考えたこともあり、

それがこの松浦さんの言葉と反応して、

「公務員ってまさにそういうことじゃない?」

になったのだと思う。

 

なので、考えてきたこと、考えていることを

ご紹介しながら、私にとって公務員である

こと、役所で働くことってどういうこと

なのか、書いていこうと思います。

これが、1部です。

 

2部は、公務員として、を取っ払って、

もっと大きな枠での「仕事」について

考えたら、私はどんな職業にひかれるか、

自分の得意なこと・好きなことは何か、

今まで仕事をしていて嬉しかったこと、

反対に辛かったこと…などを書くつもりです。

 

3部は、「給料をもらう」「収入を得る」

こと、また、それを一旦切り離したところでの

「仕事」のことについて書きつつ、まとめと

したいと思います。

(まとまるような内容なのか、怪しいなと

感じています。)

 

間に、人や職場での人間関係についての

ことも、入れていきたいなと考えています。

「仕事は大変でも、人間関係が良ければ

乗り切れる」と、よく(?)言われますよね。

職場での悩み、退職・転職の理由の上位でも

ありますよね。自分の当たり前が通用しない

相手が、同僚、上司、お客さん…たくさん

いますよね。

 

お読みいただき、ありがとうございます🙏

 

また次回、よければお付き合いくださいませ☕️

 

よい一日をお過ごしください😊

 

 

 

わたくし的お仕事論

仕事について、書きたいと思ったのですが

何せ大きなテーマなので、よく考えてみると

意外と長編になりそうです。

 

途中で気が変わったり状況が変わったりして

いつのまにかストップしているかも…

しれませんが、半年くらいは書くだろうという

見積りです。

 

なんと(?)3部構成で考えています。

 

はじめに

1. 役所で働くこと

2. 私の関心・強み(と、その逆)について

3. わたくし的お仕事論

おわりに

 

 

これまで書いた「仕事」についての記事は

こちら♪

●2019.9.15

https://kanako-322.hatenablog.com/entry/2019/09/15/005240

●2021.4.24

https://kanako-322.hatenablog.com/entry/2021/04/24/134526

●2021.4.24

https://kanako-322.hatenablog.com/entry/2021/04/24/171134

●2021.5.3

https://kanako-322.hatenablog.com/entry/2021/05/03/114132

 

「ライフワーク」ってどういうもののこと

なんだろう。

あらためて考えるとよく知らない。

何となくわかったつもりで見聞きし、使って

いたけど。

 

それでは、次回からもお願いします☺️

 

 

 

 

 

 

 

こどもとあいさつを!

 

https://kanako-322.hatenablog.com/entry/2021/07/19/204029

 

半年前(上のリンク先の記事です)、

さらに遡ると8か月前から書いていることの

続きなんですが、

 

この間に、近所のこどもとあいさつを

交わせるようになりました!!

 

で、それが私は、すごく嬉しい。

 

お手本にならなくちゃいけない、と

思い込んでいたのかなぁ。

 

とは言え、今度は、中高生にはなかなか

できなかったり、

大人でも、中高年以上にはあいさつしやすい

けど若手には何となくしないとかあるけど。

 

何が普通、正しい、常識とか関係なく、

知らない人と自然にあいさつできただけで

気分が明るくなって、素直に「よかった!」と

思う気持ちを大切にすればいいと思った。

 

こういう嬉しさって、

誰かと分かり合えた!と感じられたときとか

話してて笑い合えた時とかと同じ感覚。

 

何かの基準に照らしてうまくいったとかじゃ

なく、その人(たち)との、一期一会的な

時間や感情や言葉の共有なんだろうな、と

思います。

 

 

年末になると、来年はどんな年になって

ほしいかなぁと考えるのですが、

2022年になるとき、浮かんだのは

「人といることをもっと楽しめるように

なりたいな」でした。

 

人はみんな違うし、自分も他人も日々変わって

いってるから、常にうまくいくこともないし、

人間関係の悩みがある日を境にすっかり

なくなるなんてこともない。

それでもよりよくしたいと思いながら、

思いどおりにいかなさを感じながら、

毎日を過ごしていくことの積み重ねで、

人生はできていくんだなと、昨年はそういう

ことを考えさせられました。

 

だから、まだまだなんだけど、

日々心をまっさら(漢字だと「真っ新」って

書くの?!)になるべく寄せながら、

人と接していきたいと思います。

 

 

というわけで…

2022年も、徒然なるままに発する感じで

スタートしましたが、よかったらまた

のぞきに来てください🚪🤗

 

お読みいただき、ありがとうございました。